第67章 左手は添えるだけ
「あぁ!?なに好き放題言ってくれてんだテメェ!!」
「三月くん!抑えて!ここで口車に乗って手を出したら、相手の思うツボだ!」
これから戦う相手を激昂させて精神を掻き乱すのは、勝つ為の常套手段。私がさっき、龍之介に向け言った言葉だ。
そうだ。これは、相手の作戦に過ぎない。
その作戦は、百には通用しなかったようだ。だって彼は、笑っていたから。だから?それがなに?そう言いたげに、笑っていたのだ。
しかし。
百には通用しなかった この作戦は…
私に刺さった。
『…………』
「えぇっ!?ちょ、ちょっと!!な、なんで春人ちゃんが泣いてんの!?」
『…う……ぐ、…ふぐぅ…』
「いや号泣じゃねぇか!!」
「春人くん…」
百の事だ。目標の為に、必死に努力を重ねて来たのだろう。仲間と共に、サッカーだけを見て走り続けたのだろう。いつか明るい未来に繋がると、信じていたのだろう。
それなのに、怪我でその道が断たれた。理不尽な挫折。その悔しさと、遣る瀬無さと苦しみを、私はどんなものか知っている。
私なら、彼のように笑えただろうか。
赤の他人に “ そんな事があったのに、お遊びでなら歌うのか ”
そんな言葉を投げ付けられて。
いや、きっと笑えない。私には無理だ。
でも、百は笑ってみせた。それは、百がもう過去を乗り越えているから。そして彼が…どうしようもなく、優しいからだ。
「春人ちゃん、泣かないで〜!オレならほら、元気モリモリだから!全然へっちゃらだよ!」
「春人、ホントどうしたんだよ。大丈夫か…?」
自分のリストバンドで、私の目をゴシゴシと擦る百。心配そうに私を見つめる三月。ボロボロと泣き続ける私。
そんな中で、龍之介は静かに言葉を紡ぐ。
「きっと、自分の過去と…重ねてしまったんだと思います。
春人くんは、夢を失ってしまった辛さが 痛いほど分かるんだよね。
だから多分…百さんの代わりに、泣いてるんじゃないかな」