第67章 左手は添えるだけ
「ふーーん…あの黒髪のガキは逃げ出したってのに、テメェは逃げなかったのか。褒めてやるよ。
男のくせに、無駄に綺麗な顔しやがって。なに、あんたもアイドル?」
私は強引に上向かされたまま、相手の男を噛み付くように睨みつける。
『彼は、べつに逃げ出した訳じゃありませんよ?
あと、顔を褒めてくれて どうもありがとうございます。でも…貴方達の顔に比べれば、この世の大抵の男の顔は 綺麗だと思いますが』
「なんだとコラァ!挑発のつもりかテメェ!!」
『あぁ良かった。正しく意味が伝わったようで。もしかして、オツムの方は顔より悪くないのでしょうか』
ガッ、っと 胸倉を掴まれて引き寄せられる。思わず反射で男を投げ飛ばしてしまいそうになるが、ぐっと堪えた。
「決めたゼ…!お前は、この試合が終わった後にボコボコにしてやる!」
『人目につかない所でお願いしますね。仲間の前で暴力を振るいたくないんですよ。相手がたとえ、貴方のようなクズでも』
「ちょっ、お前ら落ち着けって!ヒートアップし過ぎだ!どうどう!なんなら春人も言い過ぎだぞ!」
「あははは…あははっ…!」
ピリついた空気の中で、場違いなくらい明るい笑い声。声の主は龍之介だ。
彼は、満面の笑顔で男に近付く。そして私の胸倉を掴んでいた男の手首辺りをギュっと握る。
「いっ…っ!」
「離してもらえませんか?この人、俺の大切な人なんで…
もし何かあったら俺…自分でも、どうなっちゃうか分かりません」
龍之介は、さらに力を込めて腕を握り込んだ。堪らず不良は私を解放した。
今まで人の良い龍之介を目の当たりにしていた男は、その豹変ぶりに度肝を抜かれたようだ。そして、握られていた手首をさすり、なんて馬鹿力なんだ…と青い顔で呟いた。
「…オレ、あんなキレた十さん、初めて見ました」
「うーん…たしかに。あんな凶悪な笑顔、なかなかないよね。
でもまぁ龍 唯一の怒りポイントは、大切な人を傷つけられる事だから」
「なるほど…イケメンって、怒りスイッチついてる場所までイケてるんですね…」
「いや、今のって冷静に考えて春人のが悪くね?」お前らちゃんと見てた?