第65章 月みたいな人
空港内。海外便の、出立ゲート前。
ボクは、2人の人間の前に立っている。
1人は、ヒロイン。もう1人は主役の男だ。
天馬は、ここで2人が海外へ飛び立つのを見送りに来たのだ。
もう説明する必要もないかと思うが、彼は ヒロインに選んでもらえなかった。
それこそが “ 愛してると言ってくれ ” の結末である。
「天馬。彼女の事は、俺が必ず幸せにする。約束するから」
「私、あなたがずっと隣にいてくれたから、決心がついたの。
いつまでも天馬は、私にとって大切な人。本当に、ありがとう」
……目の前にいるライバル役の男が、千でなくて本当に良かったと改めて思う。
そんなドラマとは関係のない事がアタマを掠めたが、すぐに集中し直した。
しかしボクが口を開こうとする少し前に、監督の声が響く。
「カット!
んー。今の台詞、ちょっと違うかもね。
友愛よりも、恋愛が前に出ちゃってる感じ。君が選んだのは、隣に立ってる男だ。
今の感じだと、天馬に恋しちゃってるみたいだよ!」
監督の揶揄に、ヒロインは顔を赤らめる。周りにいるスタッフやエキストラも、楽しげに声を上げて笑った。
そして、向かえるテイク2。
「天馬。彼女の事は、俺が必ず幸せにする。約束するから」
「私、あなたがずっと隣にいてくれたから決心がついたの。
いつまでも天馬は、私にとって大切な人。本当に ありがとう」
監督が動かないのを確認して、今度こそ台詞を述べる。
天馬 最後の台詞は、さっぱりとしていて実に短い。
「2人とも、幸せになって」
ただ、笑顔でそう告げた。
その笑顔は、悲しいものでもないし、少しの憂いも滲ませはしない。
いつか、ボクにも こんな台詞を口にする瞬間が訪れるのであろうか。
もしそんな未来がやって来るならば、その時のボクは 一体どんな心境なのだろう。
今はまだ、想像も出来ないけれど。どうか…
天馬のように 晴れやかな気持ちで、愛しい人の幸せを願えますよう。彼女と、彼女が選んだ人を心から祝福できますよう。
そう、祈るばかりだ。