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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第65章 月みたいな人




『移動まで、まだかなり時間がありますね』

「ボクのせいで、撮影スケジュールがぐちゃぐちゃだからね。周りに迷惑かかて申し訳ないな」


次の撮影地は、空港だ。

監督や撮影スケジュールを組む人間は、まさかボクが一発オーケーを出すなんて思っていなかったのだろう。あれだけ苦戦していたのだ。無理もない。
そのせいで、撮影許可を貰っている時間まで空きが出来てしまった。


『撮影なんて、そんなものでしょう。申し訳ないと思うなら、その分は仕事で返せば良いんです』


そう言って彼女は、スケジュール帳を開いた。

足を組んで顎に手をやり、手元に視線を落とすエリ。仕事に打ち込む様子はいつもと何ら変わりがない。
昨夜とは、大きく違っていた。

目を瞑れば、容易く思い起こされる。
快楽に濡れ、乱れた表情。
一心にボクを、せがむ瞳。
欲に溺れた、震える身体。

そんな、昨夜と今日のギャップが 愛おしくもあり憎らしくもあった。



しばらくしてから、空港へ向かう為のロケバスに乗り込む。彼女はボクを後部座席に座らせると、自分は前方へと移動した。
そして監督の隣に座る。すぐに爽やかな笑顔を浮かべて、談話を始めた。
きっと、次の仕事を獲得する為に動いているのだろう。今度は楽や龍之介を売り込んでいるのか、はたまた次もボクを使うように働きかけているのか。
どちらにせよ、逞しい事である。

そんな様子を眺めていると、隣の席にはヒロイン役の女優が腰を下ろした。
“ 良好な現場環境は、円滑なコミュニケーションから作られる ”
かつてエリが言っていた言葉を思い出して、隣の彼女に愛想笑いを向ける。
エリがロケバスでいつもタレントを1人にするのは、それを意識しての事だろうと察しがついた。


楽しそうに話す若い女優に、耳障りの良い言葉を返しながら。目線ではエリを捉え続けていた。
彼女は、ボクがどれだけ綺麗な女性と話をしていようと。どれだけ人気のある女性と親しげにしていようと。気にも留めないのだろうか。

そう考えると、憎らしさが愛おしさを凌駕してしまいそうになる。そんな不思議な感覚から、笑いが込み上げてくる。その笑みを、ボクは愛想笑いの中にそっと溶かした。

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