第65章 月みたいな人
「キミは、どうして月があんなにも綺麗なのか知ってる?」
『唐突だね。
うーん…光ってるから?たしか太陽の光を反射してるから、光って見えるんだった、かな』
エリはボクと同じように、月へ視線を向け言った。
「違うよ。月が綺麗なのは、輝いているからでも。手が届かない程 遠くにあるからでもない」
『じゃあ……兎が住んでるから?』
「ふふ、残念。月に兎は住んでない」
予想もしていなかったメルヘンチックな返答。彼女らしくない非科学的な言葉に、思わず頬が緩んでしまう。
そして月からエリに視線を移して、ボクが思う答えを告げる。
「月の裏側は、実は傷だらけなんだよ。
ボク達がここから見上げる月は、こんなにも綺麗なのに。
本当は地球に降り注ぐはずだった隕石を、代わりに月が背中で受けてるんだ。そして
…その傷を こちらには見せないで、背中側に隠してる」
果たして彼女は、覚えているだろうか。
ボクがこの台詞を口にするのは、2度目だということ。知ってか知らずか、エリは嘲笑気味に言った。
『どうしてそれが、月を綺麗に見せている理由になるのか…私には分からないな。私には、ただの臆病者のように聞こえるよ。
傷を後ろに庇うのは、単に ボロボロの自分を見せて、人に嫌われるのが怖いだけ。痛い、しんどいって周りに伝えられないのは…不器用なだけじゃないかな。
そんな生き方は…馬鹿みたいだよ』
悲しそうに、歯がゆそうに、彼女はまた頭上を視線を投げ告げた。
その様子を見て、ボクは理解した。彼女は、ボクが月を誰に例えて話しているのか気付いている。
彼女の手を、そっと取る。
その指先は冷えていて、エリの心とは反対だな。なんてつい考えた。
「臆病で、不器用で、馬鹿みたい。
たとえどこの誰が、月の事をそんなふうに悪く言ったところで…
残念だったね。
ボクはずっと、そんな月が好きだよ。
弱い部分を隠して強がってしまうような 月が…心から、愛おしくて仕方ないんだ」