第65章 月みたいな人
「月を見たくて」
『月?
そっか。今回は星じゃなくて月だったか』
「うん」
『たしかに!今日の月は何だか、いつもより綺麗に見えるね』
エリは、上げていた視線をこちらにやって言った。そんな彼女に向かって、呆れた口調で言葉を返す。
「キミ、異性に向かって “ 月が綺麗だ ” って…。どんな意味があるのか分かってて言ってる?」
『ん?あはは。知ってる知ってる。
でもごめん。今のは、そういう深い意味を考えずに言っちゃった』
「はぁ…分かってるよ」
分かってる。キミが、その言葉を本当に贈るべきなのは ボクじゃないということ。
いっそ、質問してやろうか。
キミの好きな人は、誰?
どんな男に、その秘めた想いを向けているの?
なんて。直接、この場でそんな質問をする勇気は 今のところはない。訊いてしまえば、本当に全部が終わりを迎える気がして。
でもどうか、その相手が楽や龍之介じゃなければいい。
そんなふうに考えてしまうボクは、なんて身勝手な男なのだろうか。
「ねぇ、エリ」
『ん…?なに、天』
名を呼べば、彼女はこちらを見て、ボクの名を口にする。いつから、こんな贅沢が当たり前になっていたのだろう。今はただ、この当たり前が消え去ってしまうのが怖い。
これも、近付き過ぎた故の反動なのだろうか。
見えない鎖で、彼女を繋ぎ止める事が出来たなら。一体どれほど安心出来るだろう。
でも、分かっている。
きっと ボクが何をしても、何を言っても、エリを隣に縛り付ける事など出来はしないのだと。