第65章 月みたいな人
【side 九条天】
『……天…。
どうして…泣いてるの?』
背中から、戸惑うような彼女の声が投げ掛けられた。ボクは、振り向けない。
後から後から溢れてくる涙を、抑える事が出来なかったから。
唐突に、分かってしまったのだ。
今まで全く理解が出来なかった、天馬の気持ちが。
互いを慈しみ、触れ合い、高め合う。
そして最後は、同じ景色を一緒に見るんだ。
それが、男女が愛し合うということ。
でも…ボク達が見たのは、同じ景色なんかじゃなかった。
それを悟った瞬間。ボクは、分かってしまった。
どうして天馬が、幸せなはずのシーンで涙したのか。
それは…
“ 彼女の心の中に、自分以外の男がいるという事実に気付いてしまったから ”
愛しい人に最大限に近付いて、体と心の距離がゼロになったその時。図らずしも、見えてしまったのだ。
—— エリは、恋をしている。
でも、その相手はボクじゃない。
『…天。大丈夫?』
いつまでも振り向かないボクを心配して、再度 名を呼んだエリ。そして、後ろから そっと温かな毛布をかけてくれる。
どうして良いのか分からないのだろう彼女は、優しく肩の上に手を乗せた。
ボクは振り返らぬまま、その手に自分の手を置いて口を開く。
「エリ…ありがとう。キミのおかげで、やっと分かった。
どうして天馬が、最愛の女性とひとつになれた幸せの絶頂で、涙を流したのか。
やっと…理解が出来たよ」
九条天と姫条天馬の置かれた状況が、奇しくも完全に一致したことで。