第64章 首を絞めたくなりました
私達が我が家に到着した時刻は、午後8時。なんなら今日は早く帰って来れた方だ。22時を過ぎる日だってざらにある。
だから、私は天と同居を始めてから、夕食の下準備を前日にするよう習慣付けた。少しでも早く、天に夕飯を食べてもらいたいからだ。
冷蔵庫を開ければ、もう仕上げをするだけで完成の食材達が眠っている。
いつにも増して懸命に働いてくれる天の為に、特に時間をかけて仕込んだものだ。
チキンライスに、卵とパン粉と玉ねぎを混ぜ込んだ挽肉。そして、衣を纏った伸ばし海老。
想像に容易いだろう。これらを仕上げれば、何が出来上がるのか。
そう。オムライスに、ハンバーグに、エビフライだ。
名付けて…大人が食べても美味しいに違いない、お子様ランチだ。
『……お子様って陰口叩かれたばかりの人間に、お子様ランチを出すって…気が狂ってる!』
「何か言った?」
『何も言ってない!!』
突然 背後から現れた天に驚いた私は、バァン!と勢い良く冷蔵庫の扉を閉めた。
「…冷蔵庫、壊れるよ」
『だ、大丈夫。うちの子強いから…』
「ふーん」
先にシャワーを済ませた天が、薄い目をしてこちらを見ていた。
きっと、お腹が空いている事だろう。私もペコペコだ。迷っている時間はない。
そもそも、今からメニューの変更が出来るような腕、私にはない。何を隠そう、レシピがなければ料理が出来ない女なのだ。
仕方がない。潔く、予定通りお子様ランチを作ってしまおう。
『…とりあえず、この旗は使わないでおこう』
爪楊枝にくっついた、見たことの無い国の国旗をビリっと破く。本来なら、オムライスの頂上に飾られる運命であったそれは、ゴミ箱の中に消えるのだった。