第64章 首を絞めたくなりました
「ま、あの2人は災難だったけどね。ただ愚痴を言っていただけで、あんな目に合うと思ってなかっただろうに」
『あんな場所で愚痴を言う人達に同情の余地はないでしょう。
だから…彼らの事なんて、もうどうでも良いんです。それより私が気掛かりなのは、貴方のメンタル…』
それでなくても、思うような演技が出来ずに苦しんでいたのだ。そこへ、あの悪質な陰口。泣きっ面に蜂とはこのこと。
しかし天は、まるで何事もなかったかのように微笑んだ。
「ボクが、そんな柔で可愛らしいメンタルを持ち合わせてると思う?」
『…本当に堪えてないのと、堪えてないふりが上手いのは 違う』
今にも壊れてしまいそうな笑顔に、ゆっくりと手を伸ばす。
今日、何度も何度も涙を流した瞳。その周りは、微かに赤みを帯びていた。親指の腹で、優しく下瞼を撫でてやると、彼はうっとりと瞼を下ろした。
「……いま、何時?」
『18時40分です』
「そう。なら、一応は就労時間外かな」
『1日8時間労働と考えるなら』
「じゃあ、キミにだけ言ってしまおうか。
……ほんの少しだけ、疲れた」
『はい』
瞳を閉じたまま、囁くように本音を吐いた。
アイドルスイッチがオンの時は、意地でも弱音は吐かない天。そんなところが、なんとも彼らしい。
そして彼が、疲れたなんて単語を零すところを初めて見た。分かっていたつもりだったが、よっぽどなのだろう。
極限状態の天が、いま目の前にいる。
『早く帰りましょう』
「うん」
『帰ったら、今日頑張った分だけ、沢山沢山 甘やかしてあげますね』
「……期待してる」
彼は楽しげに目を細めた。
それは久し振りに見た気がする、天らしい笑顔だった。