第64章 首を絞めたくなりました
『……よし!
そろそろ休憩も終わるので、現場へ戻りますよ』
「なんだか、凄く気合い入れたね」
『気持ちを切り替えたんですよ』
胸に広がってしまった甘い気持ちを打ち消すように、私はしゃっきりと立ち上がる。
私達は、再びスタジオへ足を運んだ。
正直言って、何も解決はしていない。休憩を挟みリフレッシュしたとて、天が天馬に近付けたわけではないのだから。
案の定、彼の演技は良くも悪くもなっていなかった。結局、この日の内に監督が首を縦に振る事はなかった。
例のシーンの撮影は、明日に持ち越される事になる。しかし、今日明日で何かが変わるとは思えない。監督もそんな事は承知の上だろう。
おそらく、明日も今日と同じ出来栄えならば…妥協するしかなくなる。
“ 妥協 ”
私と天が、最も受け入れがたい結果となるのだ。
それを回避するには、天に天馬の気持ちを掴んでもらうしかない。そして、その為に残された時間は あと1日足らず…
「ごめん。現場に台本を忘れた。取ってくるから、キミは先に戻ってて」
天の為に買ったばかりの、熱いカップコーヒー。取り出し口に手を差し入れる為、腰を屈めた私に告げた。
湯気が立ち上るそれを手にして、姿勢を正す。
『私も一緒に行きますよ』
「忘れ物くらい1人で取って来れるけど。まぁ、好きにしたら」
不思議そうに、不服そうに口を曲げる天。どう思われようと、今の彼を1人にしたくはなかった。