第64章 首を絞めたくなりました
『天はやっぱり、美人ですね』
「……は?」
台本から視線を上げて、天は首を傾げる。あまりに脈絡のない言葉を投げ掛けられ、困惑気味だ。
『怒っていても、美人だなぁと思いまして』
「そういう台詞は、笑顔の時に使うんじゃない?笑顔がよく似合う美人ってワード、よく聞くでしょ」
『笑顔なんて、べつに美人じゃなくても似合いますよ。
怒り顔をしていても美人な人間こそ、本物の美人だと思いませんか』
「……ふふ。何それ。説得力が無い訳じゃないけど、いま言うこと?」
天が、笑顔を零した。その顔を見て、ほんの少しだけ安堵する。たとえその笑顔が、消え入りそうな儚いものでも。笑っていないよりは随分良い。
『私が撮影を止めたから、怒っていたんですか』
「そうかもね。ボクはまだ続けられた」
『天。あのまま続けていても、時間の無駄だと思ったから私は止めました。スタッフや他の演者に迷惑をかけたくないという気持ちは、尊いものです。
しかしあのまま無理に撮影を続けた方が、皆さんの迷惑ですよ』
「………」
『役の芯を捉えられていないまま撮影に挑んだところで。監督や、見ている人の心を動かす演技が出来るはずがない』
「キミってさ。正論しか言わないけど、攻撃的な言葉で人を刺すよね」
『すみません』
「そういうところ、千さんに似てるように感じるけど、実は全然違う。
千さんは無意識でやってるのに対して、キミの場合は 故意的だ。わざと、攻撃的な言葉を選び取ってる」
私の身体に穴が開いてしまうのではないか、心配になるくらい見つめられる。
相変わらず、彼の視線には力がある。そして、こちらの心を見透かす能力でも備わっているのか疑ってしまうくらい、的確な物言いをするのだ。