第64章 首を絞めたくなりました
さすがの天も、監督の指示には従わざるを得なかった。丁寧に頭を下げて、出口へと向かって歩く。
扉の前でスタジオの方へ向き直り、そこでまた深くお辞儀をしてから退室したのだった。
私は彼を追い掛けたい気持ちをぐっと堪え、監督に声を掛ける。
『すみません。スケジュールに余裕があるわけではないのに、お時間を取らせてしまって』
「いや、いいんだよ。さっきも言ったけど、ここは天馬というキャラクターを表現する上で大切なシーンだ。じっくりやろう」
『ありがとうございます…』
「本当なら、僕がもっと指示を出しても良いんだけどね。でも天くんならきっと、自分で辿り着けると思うから」
『監督は……天の事を、信じてくれているんですね』
「勿論さ。彼が頑張ってくれている事なんて、分かりきってる。大丈夫。天くんならきっと、僕達が求めている天馬を演じてくれる」
監督は、とっくに天を認めてくれていた。今はまだ役柄を掴めていなくても、いずれは完璧に演じてくれると確信しているのだ。
自分の事を褒められたわけでも、信じてると言われたわけではない。でも、監督の言葉で胸が熱くなった。
天の才能と努力を認めてくれている人間がいるという事実。それが、まるで自分の事のように嬉しい。
『天』
「…なに」
一足先に楽屋へと戻っていた天は、1人台本を読み込んでいた。もう台詞も、自分で入れた書き込みも、一言一句 頭に入っているだろうに。
『怒っているんですか』
「怒ってない」
『怒ってるじゃないですか』
怒っている顔で、怒っていないと言い張る天。
思えば、私と天は何かとぶつかる事が多い。楽や龍之介と比べても、明らかに言い合いになる確率が高いのだ。
原因なら分かっている。
TRIGGERメンバーの中で、天が1番 私に似ているのだ。性格が、というわけではなく、仕事に対しての考え方。物の捉え方が酷く似通っている。
似ているから、近いからこそ、ぶつかってしまうのだろう。