第64章 首を絞めたくなりました
当然、監督から出た言葉は オーケーではなくカットだった。
天は、ヒロイン役の女優に謝罪をしているようだ。何も出来ない私は、遠目にそれを見つめる。何の役にも立てない自分がひどく歯痒かった。
『監督、少し休憩をいただいても よろしいですか?』
「あぁ、それがいいね。きっと天くんも疲れてるだろう」
『ありがとうございま』
「必要ない」
いつの間にか側に立っていた天が、私と監督の会話に割り込んだ。
そして、撮影を続けさせてくれと監督にせがむ。そんな彼の肩に、後ろから手を置いた。
『天、今は休むべきです』
「ボクは疲れてない。キミは黙ってて」
『黙っていられるタイミングはもう超えたから言ってるんですけど』
「これ以上、ボクのせいで撮影を止めるわけにはいかないのが分からない?」
『泣きシーンを重ねているせいでメイクも崩れてますし』
「ならメイクさんにここで直してもらう」
相変わらず、天は頑固だ。一度言い出したら、こちらの言う事なんて聞きやしない。互いに一歩も引かず、バチバチと火花を散らす私達。おたおたと監督が、2人の顔を交互に見ていた。
『…はぁ、天。休憩を貰うべきだ』
「なに。キミの敬語がどこかへ消えるくらいボクの演技はまずいの?」
『まずくはないです。ただ…』
「ただ?はっきり言いなよ」
『100点ではない?』
「それはボクにとっては0点と同じだ」
『そんな極端な。妥協出来ない男代表、楽みたいな事言わないで下さい』
「裏表も使い分けられない彼と一緒にしないで」
「はい!休憩!みんなー!休憩入るよー!」
ついに場の空気に耐えられなくなった監督が、両手を高らかに上へやって叫んだ。