第64章 首を絞めたくなりました
「先輩にここまでお膳立てさせるなんて、いけない後輩くんだな」
「…お手数をおかけしました」
「いいよ。これで貸し借りは無しだから」
「??
貴方に貸しを作った記憶は無いですけど」
ここへ、エリを連れて来てくれたじゃないか。そう言いかけたけれど、やっぱりやめた。
言ってしまえば、きっとまた本題から遠のいてしまうと思ったから。
「さぁ、ゆっくり話を聞こうか」
「千さんは…今まで、様々なドラマや映画に出演して来られましたよね」
「まぁ、そうね。それなりには」
「その中で、自分とは全く違う思想や性格の役を演じた事はありますか?」
「勿論あったよ」
「そういう役柄を演じなければならないとき、千さんはどう乗り越えて来られたのか…教えていただきたいんです」
先程まで口籠っていたのが嘘のよう。天は迷いなく言葉を並べた。
彼を悩ませていたのは案の定、撮影中のドラマの事だった。
「不思議なんだけど…」
「え?」
「どうして僕の前には、迷える子羊が こうも頻繁に現れるんだろうね?
こういう役回りってモモの十八番だと思ってたんだけど、もしかして意外に頼り甲斐のある先輩に見えちゃってるのかな?」
「それは、答え難い失礼ですね…」
「君さ、仮にもアドバイス求めに来たんでしょう。おべっかって言葉、知ってる?」
「そういう類の言葉をご所望でしたか。それならボクの得意分野です。披露しましょうか」
「いや…またの機会にとっておくよ」
僕達は互いに、真意の見えない微笑みをたたえて顔を突き合わせていた。