第64章 首を絞めたくなりました
「……今日は…良い、天気ですね」
「ぷっ…!!」
『て、天?』
彼の口から出て来たのは、なんとも間抜けなワードだった。というか切羽詰まった際、本当にお天気の話で間を繋ぐ人間がいるのか。その事実が愉快で堪らない。
我慢なんて出来るわけもなく、僕はまた腹を抱えて笑う。向かいでは、エリが天の両肩に手を置いていた。焦ったような、心配したような、でも必死の形相で、彼をゆさゆさ揺さぶっている。
『天っ、貴方!大丈夫ですか?どこか体の具合が悪いとか?じゃなければ、貴方が天気の話などをする為にわざわざ千さんの所になんて来ないでしょう!?』
「仮に体調が悪くても、千さんの所には来ない」
「あははっ、はは…もう、苦しい…!助けてっ」
当たり前だが、僕の事は誰も助けてくれなかった。
羨ましい。彼女に本気で心配してもらえる天が。いつだって彼女の隣に立てる天が。
なんて。愚痴ってみても現実は何も変わらない。こうして一目会えただけでも、感謝しなくては。
この場合、感謝の気持ちは天に向けるべきだろう。彼がこうして相談事を持ち込んでくれたおかげで、いまエリの前に座っていられるのだから。
それに、やっぱり天は僕の可愛い後輩だ。力になってやりたいと思うのは自然の摂理。となれば、いま僕に出来る事は…
エリに、この部屋から離れてもらう事だろう。
「エリちゃん」
『!
千さん。私がこの格好の時は、その名で呼ばないで下さい』
「はいはい、そうだったね。
ところで…僕、喉が渇いちゃったな」
『飲み物なら、そこにいくらでもあるじゃないですか。ぶっちゃけ、Re:valeのケータリングの豊富さは異常ですよ』
「でも残念ながら、この中には飲みたいものがないんだ。
ほら、ここの局の3階にカフェがあるでしょ。そこの碾きたてコーヒー、買って来て」
突然 降って湧いたワガママに、彼女はじっと考え込む。黙って僕の目を見つめること数秒。分かりました、と短く言って部屋を後にした。