第64章 首を絞めたくなりました
『あ、すみません。ちょっと失礼します』
携帯電話をチラっと確認した彼女は、軽く頭を下げて室外に出た。
2人きりになったので、天が本題を切り出して来るかもしれない。
「千さん」
「うん?」
「主役を断ってくれて、ありがとうございました」
「あはは!君、やっぱり面白いねぇ。はははっ」
本題に入るかと思いきや、予想外の言葉に不意を突かれる。思わずツボに入ってしまった。
「はは…まぁでも、そうだよね。洒落にならないもの。
君と僕が、1人の女の子を取り合う。なんてさ」
目尻に溜まった涙を指先ですくって言うと、彼は黙って頷いた。
『すみません、戻りました。
あれ?千さん、何か泣いてます?』
「ふふ、ちょっとね。天くんが面白過ぎて」
『え?まさか、天が渾身のギャグでも披露したんですか?』
「してないよ。千さんの笑いのツボが浅過ぎるだけ」
『なんだ。やっぱりそうですか』
「やっぱりって。酷いなぁ」
彼女は、貴重なシーンを見逃した訳ではなくて良かったと言って、柔らかく微笑んだ。
それから、そのせっかく魅力的な笑顔を消してから告げる。
『そういえば天。千さんへの要件はもう済んだのですか?』
「……まだだよ」
『でしたら、早く終わらせて下さい。そろそろお暇しないと、迷惑になるかもしれません』
「僕は迷惑だなんて思わないけど、確かに気にはなるかな。君の話がどんなものか。
そういう訳で…訊かせてもらえる?」
「分かり、ました」
天は、きゅっと唇を引き結んだ。いよいよ覚悟を決めたのかもしれない。僕はなるべく朗らかな表情を浮かべ、その言葉を待った。