第64章 首を絞めたくなりました
それにしても、肝心の天が口を開かない。わざわざ好きでもない先輩の楽屋に出向くくらいだ。きっと切羽詰まっているに違いないのに。
まぁ、なんとなく彼の要件は予想が付いているのだけれど。仕方ないので、それとなく話題を振ってみる。
「君は、いま撮影中なんだって?進捗はどう?」
「…上手く行ってますよ」
『そうなんです!難しい役どころなんですけど、天は見事に演じてくれていて。早く千さんにも、彼の演技を見て欲しいと』
「プロデューサー。ちょっと、静かにしててもらえる?」
せっかくの僕からのパスも、天はスルーしてしまった。
なるほど。どうやら 天の相談事とやらは、彼女の前では話しにくい内容なのかもしれない。
切り出したいけど、切り出せない。
表情には おくびにも出さないが、きっといま彼の頭の中はフル稼働しているのだろう。どう事を運べば、スムーズに本題へ移れるのか。
普段はなんでもそつなく熟す彼が、こうも考えあぐねているのは珍しい。ほんの少しの意地悪心が刺激される。
彼には悪いが、もう少しこの時間を堪能させてもらおう。
「例のドラマ、実は僕にも役の話が来たんだよ」
『!!
そうだったんですか』
「出演されていないということは、お断りになったんですね。
ちなみに、どの役柄のオファーがあったんですか?」
「ふふ、気になる?」
「気になるから訊いています」
「主役」
2人は、同時に目を剥いた。不敵に笑う僕を見て、エリが先に口を開く。
『そんな大役を断るなんて…。余裕ですか。なんと羨ましい』
「たしか千さんは、恋愛系はNGでしょ」
「おや、よく知ってるね。
何故か面倒ごとに巻き込まれる事が多くて。君も気を付けるんだよ?若い女優さんは、簡単に落っこちてくるんだから」
「…心得ておきます」
『貴方が無駄に色気を振りまくからでは?』
「あはは、相変わらず辛辣だな」