第64章 首を絞めたくなりました
ジュースをこくりと口に含んだ彼女は、微かに眉根を寄せた。想像していたよりも甘みが強かったのだろうか。百のお気に入りは、どうやらエリの口には合わなかったらしい。
そんな些細な発見でさえ、勝手に心が踊ってしまう。
『千さん。Mission、拝見しました』
「へぇ、わざわざ映画館に行ってくれたの。どうだった?」
「相変わらず、千さんの演技力は素晴らしいです。勉強になりました」
「……天くんも見てくれたんだね。ありがとう」
出来る事なら、その言葉は彼女の口から聞きたかったが。しかし、可愛い後輩からそう言われるのも、悪い気はしない。
『もはや、千さん以上に演技に長けたアイドルは居ないですよね。今は』
「うーん…最後の3文字が無ければ100点満点の感想なのに」
『二階堂さんも、素晴らしい演技でしたから』
「あぁ…その通りだね」
僕は、首元に手をやって軽く目を伏せる。
「彼、最初は役作りに苦労してたみたいだけど。それでも、見事に殻を破ったね。よく、頑張ったと思うよ」
「二階堂大和が…役作りに苦戦していたんですか」
「まぁ、彼にも色々あるんだよ」
『千さん。首、どうかされたんですか?』
相変わらず、ほんの僅かな違和感でさえ、彼女は逃さない。
やっかいだなぁ。なんて思うけれど、ちょっとした歓びも同時に感じてしまう。
「大した事じゃないよ。ちょっと歌い過ぎて、喉に違和感が ね」
『……じゃあ、そういう事にしておきましょうか。
ただ、首は人体の急所のひとつですから。自分で触れる分には良いですが、決して人には触れさせないように…気を付けて下さいね』
「ふふ。そうね、次からは十分 注意しよう」
鋭いエリも、はぐらかされた ふりをしてくれるエリも、やっぱりどちらも魅力的だ。