第64章 首を絞めたくなりました
【side 折笠千斗】
せっかく天やエリと同じ現場だったというのに、ろくに話も出来なかった。
とても残念だ。一人きりの楽屋で、そう ぼんやりと考える。
迎えが来るまで、まだ1時間近くある。天の楽屋へ、顔を出しに行こうかと思い至る。しかし、その案はすぐに却下した。
彼は今、撮影に番宣と、忙しさを極めているに違いない。こちらに時間があるからといって、向こうもそうとは限らないのだから。
迷惑になる事は覚悟の上で、携帯を鳴らしてみるか。
「はぁ…少しでいいから…」
声が聞きたい。
勿論、天の声が聞きたいわけではない。僕の心と耳が欲している声は、彼女の…
『失礼します』
「え…」
ノックと共に、耳に飛び込んで来た声。それは、今まさに渇望していたそれだった。
どうぞ。と、2人を中へ招き入れる。
「驚いたな。まさか、本当に現れるなんて」
『はい?』
「いや、無意識のうちに電話していたのかと」
『え?携帯に連絡もらっていました?
……着信、入ってませんけど』
「そう。ふふ、それはよかった。どうやら僕はまだ、ギリギリまともらしい」
僕が嘲笑すれば、隣にいた天が口を開く。
「残念ですが、ここへ出向いたのはボクの意思です」
「あぁそう。それは、どうも ありがとう」
天が言う意思とやらのおかげで、僕は彼女に会う事が叶った。
「用向きを聞く前に、とりあえず座れば?ちょうど時間を持て余していたから、ゆっくりしていけば良いよ」
たちまち上機嫌になった僕は、ケータリングの飲み物に手を伸ばす。
好きな物を選ぶように言うと、天はお茶。エリは桃とりんごのスパークリングをチョイスした。