第63章 彼氏でしょ
「最短を行くんなら、やっぱり有能な舞台演出家に教えを請うのが…」
『有能な、舞台演出家…』
天の言葉尻が、不自然に消えた。口元に折った指を当て、言い淀む。私も気まずさから、思わず表情が硬くなる。
何故 こんな変な空気が流れたのか。それは、私達が同じ男を思い浮かべているから。その男の名は、九条 鷹匡。天の養父である。
彼の名が、べつにタブーという訳ではない。ただ、その話題を私達が極力避けてきただけに過ぎない。
それなのに、天の口から ふいに九条の名が出た。いや。正しく言えば “ まだ出ていない ” だ。
しかし、きっとこの後 出る事になるだろう。
だって、有能な舞台演出家を語るにおいて、その名を出さないのは無理があるから。Haw9と呼ばれる天才演出家。九条 鷹匡、その人の名を…
『出来れば、九条さんには会いたくない。かな』
「…ボクも、キミには九条さんに会って欲しくないよ」
悲しげに、目を伏せる天。その様子を見れば、想像に容易い。
九条が、どんなふうに私の話を語って聞かせているのか。
きっと…私に吐いた言葉と、そっくりそのまま同じものを天にも聞かせているのだろう。
“ 可哀想に。君は、才能も持っていた。それに見合うだけの、努力する気概もあった。
だけど、もう1つの大切な要素が欠けていたね。
それは “ 運 ” だよ。これを持っていない人間は、どこまで行っても大成はない。
可哀想に。そして、とても残念だ…Lio。生まれ変わったら、今度こそ…君を世界一のアイドルにしてあげよう。
この、僕の手で ”
「エリ…、エリ」
『あ…ごめん、ぼーっとしちやった』
「平気?エリ」
天は、私の顔を覗き込んで心配顔だ。