第62章 俺は君にとって、ただの都合の良い男だったのか!
財布に入れたIDカードを、ゲートの認証読み取り部分に当たる。ピッという電子音と共に、通路が開けた。
エレベーターの中で考える。
今頃 エリは、きっと事務所で事務作業をしているだろう。彼女専用の仕事部屋ではなく、たくさんのスタッフが詰めている方だ。たしか、昨夜そう言っていた。
ちょうど俺達は、その大部屋の前を通りかかる。扉のない、その事務所から声が聞こえてくる。
「あっ!春人さん、それ新しいネクタイじゃないですか?」
「ほんとだっ!見た事ないの付けてるー」
『えぇ。実はこれ、昨日 人から戴いた物なんですよ』
そんな会話が聞こえて来てしまったものだから、俺達は一斉に顔を見合わせる事になる。
一切 声には出さなかったが、メンバー達の考えている内容が面白いほど伝わって来た。
「………!」
(だ、誰のなんだろう)
「……っ」
(春人の奴は…!)
「………」
(一体、誰のネクタイを選んだのか…)
自分のプレゼントが、1番じゃなくてもいい。彼女に心から喜んでもらえれば、べつに自分が特別じゃなくていい。
たしかに昨日そう思ったし、現に今の今までそう考えていた。しかし。さきの会話を耳にした瞬間、そんな考えは消し飛んだ。
プレゼントされた次の日に締めてくるなんて、そのネクタイが1番気に入ったに違いない。
どうか願わくば、自分が贈ったネクタイを付けていてくれ。俺達は同じ願望を胸に、事務所の中に足を踏み入れた。