第8章 なんだか卑猥で良いね
お姫様と王子様が初めて相対するロマンチックなシーン。運命の出会いに引き寄せられるかのように、2人は森の中で 手を取り合い歌を歌うのだ。
「————♫」
初対面の人間との接触を、強く戒められて育ててこられた姫。当然 王子の事も始めのうちは拒否をする。
しかし、王子は歌うのだ。自分達は初対面ではないよ と。
姫は問う。では、私達はどこで出会ったのでしょうか?
「——夢の中で、何度も」
天の歌声に、観客全員が酔いしれる。うっとりと、誰しもが熱い息を零す。
しかし、魔女マレフィセントの呪いの力は強く。姫は眠りについてしまう。
そんなお姫様救う為、王子はドラゴンと戦うのだ。
舞台は一時暗転。大掛かりなドラゴンを素早く設置しなくてはいけない為、裏方は慌ただしくなる。
「ドラゴン早く!」
「そこの紐だ!吊るせ!」
もうクランクアップした者達で、ドラゴンを移動させる。
「あっ、!」
手伝いをしていた マレフィセント役の女の子が、手を滑らせてしまう。少し上へ持ち上がっていたドラゴンは 地面へと叩きつけられてしまう。
バキっ、と嫌な音が響いた。
「ドラゴンが…壊れた」
監督の、魂の抜けたような声が ぽつりと溢れた。
「ごっ、…ごめんなさい!ごめんなさいっ!」
マレフィセント役の女の子が、顔を真っ赤にして謝罪の言葉を繰り返している。
「…なんか、バキって言わなかったか?」
「うん。もしかして、何かトラブルかな」
観客も、長時間に及ぶ暗転と、さきほどの異音に反応して騒めき立っている。
「ど、どうしようっ」
「こうなったらさ、ドラゴンは諦めてマレフィセントがそのままの姿で王子と戦うってのは!?」
しかし…その案はどうだろう。マレフィセント役の彼女は、さきほどの自分の失態で、気が動転して今にも泣きそうだ。顔色も真っ青。
そんな人間をもう一度 舞台に立たせる策は賢明ではない。
「とにかく、もうお客さんは限界だよ。
幕を上げて。ボクが時間を稼ぐ」
そう言って天は、マントを翻して1人 ステージへと歩いて行った。
「こんな事態の修復も、不可能じゃないんでしょ。
だってキミは、このボクのプロデューサーなんだから」
背中でそう、言い残して。