第60章 面倒な男に惚れられたと思って、諦めてくれ
「エリ、俺はお前の事が」
私は、楽の唇に指先を乗せた。これ以上の言葉を口に出来ないように。
冷酷に、奪う。
“ 想い人を追い掛ける ” という、誰しもに与えられた当然の権利でさえも。
指先から伝わってくる、柔らかくて温かな唇の感触。その優しい感触ですら、私を責めているように思えてならない。
「そうか。俺は 気持ちを言わせてすら貰えねぇんだな」
楽は、自分を邪魔している腕を そっと掴んだ。そして、解放された唇から言葉を落とす。
『……ごめん』
人の想いを撥ね付ける行為は、とんでもなく しんどい。向けられた想いに、応えられないというのは 辛い。
要は、私は…自分が苦しまない方法を取ったのだ。自分がダメージを負わない為に、彼の権利を剥奪した。そして、ただ逃げた。
そんな私は…最低だ。それ以外に、似合いの言葉が見つからない。
「好きだ」
『………え?』
「なんだ、聞こえなかったのか?
俺は、あんたが好きだ。何度だって言ってやる。俺は、エリの事が好きだ。
愛してる」
そう言って楽は、私の指先に口付けを落とした。
『な…んで、言っちゃうかな…。普通、言わないでしょ。今の流れで』
「悪い。引く気は、これっぽっちもないからな。面倒な男に惚れられたと思って、諦めてくれ」
楽は、カラリと笑った。
もしかすると、全部見透かされていたのかもしれない。私の弱い気持ちを。
真っ向から向けられた気持ちから逃げようとしたのに、楽はしっかりと私の腕を掴んで捕まえてしまったのだ。
これでもう、逃げられない。私も、覚悟を決めなくては。
傷付く覚悟。