第60章 面倒な男に惚れられたと思って、諦めてくれ
映画の中で使われていた台詞を、一言一句 間違わずに口にする。すると楽は、演技を忘れて目を丸くした。
「…なんだよ。台詞覚えちまうぐらい しっかり観てたんじゃねぇか」
『集中出来なかったとは言ったけど、観てないとは言わなかったでしょう?』
きっと 私がさっきの1回しか映画を観ていなければ、女優の台詞を全部覚えるなど不可能だったろう。
いま頭の中に台詞があるのは、春人の時に覚えたからだ。それを知らない楽は、どこか不服そうだ。
私はそんな彼に向かって、問い掛ける。
どうする?やめておく?と。しかし楽は、無言で一歩。距離を詰めた。
「じゃあなんで…っ、簡単に俺の前から消えようとするんだ!
なぁ、頼むから…逃げようとしないでくれ」
『無理だよ…だって、私達は愛し合ったらいけなかった!
私は、貴方を好きになっちゃいけなかった。貴方は、私を好きになっちゃいけなかった!
ねぇ、お願い…分かって』
「聞けない。分からない。だって俺はこんなにもエリを愛してる」
『……』
あまりの熱量に、思わず台詞が飛びそうになる。今このタイミングで、私の名前を呼ぶ楽は狡い。
受け止め切れない。彼から流れ込んでくる愛が溢れる。
『わ、私達が結ばれたって、喜んでくれる人なんて誰1人いないんだよ?私達の幸せが、周りの人間を…不幸にしてしまう』
「いいよ。それでも」
スローモーションのように、私は楽の腕の中へと誘われる。
「あんたが俺を選んでくれるなら。他はなんだって捨てられる。肩書きも、夢も目標も、全部全部捨ててやる!周りからの祝福だって要らない。
そうして全てをかなぐり捨てて 普通の男になった俺を…エリ お前は…愛してくれるか」