第58章 今日1日はお前に付き合うよ
「あんた…親父から給料ちゃんと貰ってねぇのか?もしかして」
『かなり貰っている方だと思います』
「なんだよ、じゃあ150円ぐらいで騒ぐなよ…」
『私は150円に騒いだのではなく、7.5倍に騒いだのですよ』
私達は、係りの人にボートまで案内して貰う。楽は道中、どうして私のポケットの中にスナック菓子が入っていたのかを、しきりに気にしている。
そして目的のボートに辿り着くと、係りの人は受付へと戻って行った。
『やりましたよ!』
「今度は何だ」
『このボート、なんと8号艇です!』
「良かったな。っていうか、お前なんで今日そんなにボケまくるんだ?そんなんで疲れねぇのかよ…」
『私は…』
私は、疲れもしないし、疲れてもいない。
疲れているのは、貴方の方でしょう。だから少しでも、楽しんで欲しくて。疲れを癒して欲しくて。
なんて言葉を、ぐっと飲み込んだ。
「……ほら、貸せよ」
『え?』
「オール、貸せって。
こういうの、普通は男が漕ぐもんだろ。なら、エスコート役である俺の仕事だ」
『でも』
言って、楽は私の手から2本のオールを取り上げた。そして、慣れた手つきで池の中心へ向かう。
どうして彼が、こんなにもボートを漕ぎ慣れているのか。それは、最近撮った映画の影響だ。撮影で、女性とこうしてボートデートをするシーンがあった。だから彼は、手慣れているのだ。
『…気持ち良いですね』
「あぁ。悪くねぇな」
上半身を前後に揺らして、オールを漕ぐ楽。黒のニットに包まれた二の腕は、いつもよりも逞しく見えた。
この、ぷかぷかという独特の浮遊感が心地良い。乗っているだけで申し訳ない、という気持ちはあるが。
「おい、鴨がいるぜ」
『あ。本当ですね』
私は、楽に買い与えてもらった河童海老煎餅の存在を思い出す。
勢い良く、ビッと封を切った。