第58章 今日1日はお前に付き合うよ
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それから1週間後。楽を、とある喫茶店に呼び出していた。見るからに寂れた喫茶店。今流行りの、映えるメニューなど1つもありはしない。来客は、新聞を読みに来るサラリーマンか、年配ばかりだ。
しかし、渋いマスターが入れる珈琲は逸品。普段は紅茶を嗜む私も、ここではいつも珈琲を頼むと決めている。
扉を開けると、ドアベルの音が店内に響いた。出迎える店員はいない。
実は、待ち合わせ時刻を10分過ぎている。だからか、楽はそこにいた。私は、見慣れた後頭部を目指して歩いていく。
『待った?』
「……珍しいな。お前が遅刻かよ」
目の前の席に着く私に、楽は言った。口調は相変わらず荒いが、怒っている様子ではない。
『楽。やり直しです』
「は?」
『待った?って聞かれたら、今来たところ。と答えるのが常套でしょう』
「理由も告げられねぇまま、貴重なオフに呼び出して来るプロデューサーに返す答えじゃねぇだろ。それ」
楽は顎を軽く引いて、サングラス上部の隙間から私を見た。その視線から顔を逸らし、マスターにブレンドを注文する。
「俺だってな、これが可愛い彼女との待ち合わせだったら その常套句を選んでる」
楽は言うと、サングラスを外す。そして新聞を広げた。確かに濃い色眼鏡をかけたままでは、小さな文字は読み難いだろう。
それから、珈琲を一口啜った。
『今日は、貴方とデートをします』
「っぶ」
楽は、漫画みたいに珈琲を吹き出した。慌てる余裕もないのか、おしぼりで口を拭う事すらしない。ただ私を見つめた。
口の端から、ツー と黒い液体が一筋流れている。
『では。以上の事を踏まえ、やり直しです。
楽、待った?』
「……今、来たとこ…」