第8章 なんだか卑猥で良いね
【side 九条天】
本当に、この男は何がしたいのか分からない。
そもそも なぜボクはこうも黙って彼に従って、付き合ってしまっているのか。それが一番分からない。
まさか…ボクも本当は、この状況を楽しんでいる?なんて…まさかね。
『はは。これをまさかロイヤルミルクティと称して販売するなんて。信じられない…』
喫茶店に見立てた教室で、優雅に紅茶を啜っている。一見すると、わけの分からない事を言っている 変な奴。
だがこの男…
『まぁ学園祭の喫茶店ですし、美味しかったら何でも良いですが』
実は結構凄い奴だ。
歌は歌える。曲は作れる。ダンスだってお手の物。加えて人の心を掴む事に長けていて、脈々と業界人とのコネクションを築いていく。
頼り甲斐がある。といえばそうだが、弱点らしい弱点が見当たらないのが気になる。
別に、自分のプロデューサーの弱点を握ってどうこうしようとは思わないが。なんとなく、人間味らしい物を彼から感じたいのかもしれない。
「ねぇ。キミには、苦手な事はないの?」
口にしてから、少し後悔した。こんな事を馬鹿正直に聞いても、誰が本心から答えを返してくれるだろうか。
しかし意外にも彼は、ボクの間抜けな質問に対し 本気で考えてくれているようだった。顎に手をあて、うんうんと唸っている。
『…苦手…ですか。そうですね…
今日みたいなポカは、たまーーにやらかしますよ』13時と17時間違える的な
「ミスは誰にでもあるでしょ。そういうのじゃなくて、もっとこう…具体的な何か…」
言うと、彼は言い辛そうに。でも少しずつ、言葉を返してくれた。
『じゃ、じゃあ…今日のミスのお詫びに、言っちゃいますけど…
実は、私…』
その時、キャァ!と、隣の席に座っている女性が小さな悲鳴を上げた。
なんだろう、と思ってその人の視線の先を見つめると。そこには小さな黒い物体が、カサカサと動いていた。どうやらテーブルの下に虫が出たらしい。
春人の言葉の先が早く聞きたくて、ボクはすぐさま姿勢を戻す。
「それで、結局キミの苦手な物って………あれ」
さっきまで、目の前に座っていた彼の姿が。忽然と消えていた。