第57章 好きな人を追い求める権利すら
私は立ち上がって、龍之介に手を差し伸べる。
どうか、この手を取って欲しい。私と一緒に、この秘密を突き通す道を選んで欲しい。
しかし…龍之介は、手を取ってはくれなかった。
左手と右手を、ぎゅっと硬く合わせて。鋭い瞳をして、こちらを見上げた。
「…アイドルには、好きな人を追い求める権利すらないのか」
『……龍』
「君を追い掛ける権利すら、与えられないって言うのか!?楽には。
そして…俺にも」
強い剣幕に、思わず全身の毛穴が開く心地だった。しかし、ここで怯んではいけない。逃げるな。退避ぐな。
震えそうになる手に、ぐっと力を入れる。
『天みたいに、器用に割り切れる人間なら話は別。もしくは、体だけで満足してくれるような人とか。でも…
楽も龍も、きっと そうじゃないでしょう?』
「…俺には、もう 何が正しいのか分からない。
でも、今の正直な気持ちを言ってもいいなら、やっぱり おかしいと思う。
今まで俺は、TRIGGERが好きで。天と楽と、君と…前だけを向いて走って来た。だけど、エリの言うアイドル像が 本当の正解なんだとしたら…
俺にアイドルは」
『っ!』
私は勢い良く龍之介の前に座り込んだ。両膝を床に強く打ち付けたけれど、痛みなんて感じない。
とにかく、彼の口を手で覆う事だけに必死だった。
「!!」
『聞きたく、ない。十龍之介の口から、その言葉は 聞きたくない』
龍之介は、悲痛な目で私を見下ろした。彼の口の動きが止まったのを確認して、私はそっと手を離す。
『…分かった。
龍が、そこまで思い詰めるんなら 私が意見を変える。
だって貴方には、TRIGGERでいてもらわないと困るから。
楽も、天も龍も…全員、TRIGGERには絶対に必要だから』