第56章 見てない!見てない見てないよ!
『龍、私は千さんと付き合ってない』
「え…そうなのか」
『恋人作る暇もない事は、貴方もよく知るところでしょ?』
「それは…たしかに。あ、いつもお世話になってます。
って、いやいや!そうじゃなくて!!じゃあ君は…その、付き合ってない人と…その、そういう事を?」
「ボクも、キミの貞操観念は理解しがたいよ」
『……』
私は、目の前の2人から1度視線を外す。そして、側にあった帯に手を伸ばした。
正面から少しずらした位置に、蝶々結びを作る。そして、改めて2人に向き直る。
『私の貞操観念、知りたいなら教えてあげるよ。
好きな人とは、する。嫌いな人とも、出来る。
私にメリットのない相手とは、しない。
あと…綺麗な愛を求める人とは、したくない』
どう?シンプルでしょう?と言葉を付け加える。龍之介は何か考え込むような表情になり、天は私から顔を背けた。
『まぁ、あくまで恋人がいないっていう前提の話だけど』
「へぇ。それを聞いて少し安心した」
「はは、まぁ…俺も」
『それにしても…まさか千が、こんな置き土産残してるとは…。こういう事をして喜ぶイメージはなかったんだけど』
恋人同士でない2人が愛し合う上で、タブーはいくつもある。関係を持った事を口外しないのもそうだし。それに、跡を残さない事も。
それくらい、彼は心得ていると思っていた。
「牽制、嫌がらせ」
『え?』
「彼の考えてる事、キミに分からなくてもボクには分かるよ。だからこそ…腹が立つ!」
珍しく、天がストレートに怒りを露わにした。
「ねぇエリ。ボクが、キミの私生活に口を出す権利は無いのは分かってる。
だから、するな。とは言わない。でも、お願いだから…心までは、許さないで」
珍しく、天は弱気な顔でそう告げた。