第56章 見てない!見てない見てないよ!
『ん……ぅ』
頬に当たる、柔らかな風。薄っすらと目を開けると、そこには龍之介がいた。彼は優しい表情で、こちらに風を送ってくれている。
「あ…気が付いた? 大丈夫?」
『…ん、それ…気持ち良い…。龍、もっと…して?』
「〜〜〜っ!?」
龍之介は、顔を瞬時に赤く染めてうちわを落とした。そしたらすぐ、天の顔が 私の目の前に現れる。
「ちょっと。起きてすぐボケないでよ。今のこの状況、分かってるの?」
『え……あっっ!!』
天の苛立った声を受け、しばらくフリーズ。そして、ベタッと顔に手をやった。スッピンだ。
バッと頭に手をやった。地毛だ!!
事の重大さに気付いた私は、勢い良く上半身を起こそうとする。が、龍之介がそれを阻止した。
彼は、首が捻れ切れるのでは?と思うくらい顔を背けていた。そして、人差し指2本を使って私の肩を、ぐぐぐっと押し戻した。
どうやら、極力 身体を触らないようにとの配慮らしい。
「待っ、待っ!いま君っ、は、裸だからっ!」
『いたたたた』
「……」
(ツボ押しみたい)
再び長椅子に、背中がぴったりとくっ付いた。私は、呆然と天井を見つめた。
「そ、そのっ!服を着るなら 俺達はあっちを向いてるから、その間に」
「今さらじゃない?既にしっかり見たくせに」
「て、天!!」
『……信じ、られない…。うぅ、もう、死にたい…』
「ち、違うんだ春人く…春人ちゃん!!あれは、不可抗力だったっていうか、どうしようもなくてっ」
『こんなベッタベタな伏線を回収するなんて!!2年近くもバレなかったのに、まさかこんな お約束展開で…!!』
「「あ…そっちなんだ」」
素っ裸を龍之介に見られた恥ずかしさよりも、ド定番フラグを回収してしまった悔しさの方が 遥かに大きかったのだ。