第56章 見てない!見てない見てないよ!
俺は、彼女を運ぶ間中ずっと…
家族の顔を思い浮かべていた。そんな事でも考えていないと、煩悩に負けてしまいそうだったから。
俺だって男だ。彼女の白い肌を、もっと見たいと切望してしまう。
そんな欲望に抗う際、家族の顔を思い浮かべる作戦の効果は絶大だった。つい体の中心に集まってしまいそうになる熱を、上手い具合に散らしてくれた。
ようやく、脱衣所の長椅子に到着する。背もたれのない、木と竹で出来た椅子に彼女を横たえる。
しかし、まだ問題は解決していない。何故なら彼女は、裸だから。
とりあえず、バスタオルを体にかけてみよう。
俺は、可動域ギリギリというところまで首を回し 顔を背ける。全く見ないでタオルをかけるのは苦労したが、なんとか上手くいった。
しかし…
「…まだ、ちょっと…直視出来ないな」
極限の薄目で彼女を見る。タオルをかけてみても、体のラインが…こう…なんというか、女性的だった。
俺は彼女の衣服が入っている脱衣籠まで行き、中から浴衣を手に取った。
浴衣の下からは、金色のウィッグと包帯が出て来た。すぐに分かった。彼女はこれらを使って、春人になっていたのだと。
そして、ツキンと胸が痛んだ。
どうして彼女は今まで、俺達に嘘をついていたのだろうか。
「…目が覚めたら、話して くれるのかな」
頬に張り付いていた髪を そっと指先で直して、俺は語り掛けた。