第56章 見てない!見てない見てないよ!
うつ伏せになった体を、くるりと裏返して仰向けにする。そして即座に水の中から掬い上げた。それから すぐに彼の口元に、耳を近付ける。
確かな呼吸音が聞こえて、心の底から安堵した。
「っ、はぁ〜〜っ、…良かったぁ…」
そこで、ようやくだ。
ようやく俺は、違和感に気付く。いや、違和感というよりも、もはや事実に気付いたのだ。
「……え?」
まず目に飛び込んで来たのは、胸の膨らみ。これには、俺の頭がおかしくなってしまったのだと思った。
無意識的に、視線は下半身へと向かう。そこには、あるはずのモノが 無かった。確かに無かった。
そこでようやく、俺は顔を確認した。
髪色は、見慣れた金色じゃない。長さも、普段よりも若干長い。瞳の色…は、瞼が閉じられているから分からない。
顔付きが、いつもと違う。
「…え、…えっ!?ちょっ、待っ…だ、誰!?」
驚きのせいで、彼の…いや、彼女の体が大きくぐらつく。落としてしまいそうになり、慌てて抱え直す。
すると、よりハッキリと伝わって来てしまう。
触れ合う箇所全部には、柔らかくて しっとりとした肌の感触。俺の胸部に押し付けられる、たわわな2つもっちりとした膨らみ…
「〜〜〜っく、」
肌と肌が合わさる全部が気持ち良くって、どうにかなってしまいそうだ。しかし、なんとか煩悩を頭から追い出そうと 天を仰いだ。
とにかく、彼を…いや。“ 彼女 ” を早く どこか涼しい場所に下ろしてあげなくては。
ようやく俺は、一歩目を踏み出した。
「…そうか、女の子…。君はずっと、女の子…だったのか」
——この両目を塞いでいた、自分自身の手が
今この時この瞬間。確かに降ろされた。
そうしたら、目の前の視界が ぱっと開けた気がしたんだ。