第56章 見てない!見てない見てないよ!
【side 十龍之介】
先に上がると春人に伝えてから、俺は頭に乗せていたタオルを腰に巻く。そして、出口に向かった。
意識して顔を引き締めなければ、勝手に口元がニヤケてしまう。それくらい、彼と温泉に入れたのが嬉しかった。
まぁ、異常なくらい距離は開いていたわけだが。それでも、裸と裸の付き合いが出来たことには変わりない。
……むしろ、あれくらい距離があって良かったのかもしれない。
必死に気付かぬふりをしているが、俺は…。
彼を見ると、無性に触れたくなるのだ。触れたい、こんな気持ちで済めば良いが。時には、抱きしめたい。キスをしたい。こんな欲望が顔を覗かせることすらある。
男が男に対して抱く感情としては、異常だと言わざるを得ない。
分かっている。こんな気持ちは…彼にとって、邪魔なものでしかないということ。
——だから…
今日も俺は、自分で自分の両目を塞ぐ。
見えかけている物を、見えないように振る舞う為に。
バチャン!!
と、背後から大きな水音。
「!?
春人くん!?」
叫び、思わずガラス扉から手を離す。半分ほど開いていた扉は、自動でカラカラと閉まった。
嫌な予感がした。返事が無い。俺は無我夢中で駆け出していた。勢い良く湯船に踏み入り、ザバザバと大岩の向こうへ急ぐ。
彼は裸を見られるのを極端に嫌がる。しかし 今そんなことを気にしている場合でないのは、いくらなんでも分かる。
「春人くん!!」
もう1度名を呼び、岩の向こうを覗き込む。嫌な予感が的中した。
うつ伏せの状態で ゆらゆらと水面に浮かぶ人影を見た瞬間、ヒュっと喉が鳴った。