第56章 見てない!見てない見てないよ!
「楽と天も誘おうかと思ったんだけど。凄く気持ち良さそうに寝てたから、起こすのが可哀想で、俺だけこっそり部屋を出て来たんだ」
『そうですか』
龍之介は こちらの気も知らないで、実に楽しそうによく喋っていた。私はクラクラし始めた頭で、相槌を打つ。
さらに、機嫌の良い彼は話し続ける。
「春人くんって、裸にコンプレックスでもあるのかな?」
『…まぁ、そうですね』
「君の気持ち、よく分かるなぁ。実は俺も、子供の頃 友達と銭湯に行った時なんかに、よくからかわれたんだ」
“ どこ ” が “ どんな ” ふうだったから、揶揄われたのかは考えないでおこう。
子供は正直な分、残酷だ。きっと龍之介の幼気な心を、辛辣な言葉の刃で傷付けた事だろう。
「あはは!まぁ、さすがに大人になってからは そういう事を言ってくる人はいなくなったけどね。
あ。でもこの間 楽と銭湯に行った時に、俺のを見てデカイなって言ってきてさ。それも、すっごい真顔で!」
『ぶっ』
「でね。俺は、楽のも大して変わらないだろって返したんだ。そしたら楽は、いやいやお前よく見てみろよ 全然違うだろうがって言って自分のを」
『すすす、ストップ!それ多分、私が聞いちゃいけないやつ』
「そうかな?男同士なんだから、べつに問題ないだろう?まぁ、君が女の子だったら色々まずいかもしれないけどね!あははっ」
あははって…むしろ、この男わざとやってるのでは?
あぁ…駄目だ。今のパンチの効いた話のせいで、一気に…頭と、体が熱く…
「ふぅ。そろそろ俺は出ようかな。春人くん長風呂だね!でも、逆上せないように気を付けるんだよ?」
『…は、い』
大岩の向こうから聞こえる、大きな水音。彼が立ち上がったのだと、すぐに分かった。
そして、徐々に足音が遠ざかる。その足音が十分に遠ざかってから、私は勢い良く立ち上がる。
勝った!!
…はずだった。
しかし体は、何故か私の言う事を聞いてくれない。ぐらりと、体が傾く。視界が揺らぐ。とにかく、熱い…
私の意識が最後に捉えたのは、自分の体が水面に叩き付けられる音だった。
「!?
春人くん!?」