第55章 “ お約束 ” の においがプンプンしますな!
ぽた…と、楽の髪から雫が落ちて。私の頬に当たって輪郭を伝う。
シルバーグレーの瞳が、呆れた様子で こちらを見下ろしていた。
そんな彼は…ほぼ裸。
『〜〜〜が、がが、楽っ、はなし』
「うっわ!ちょ、おい暴れんな!」
すぐ間近に迫っている、端整な顔。触れ合う部分から伝わる、しなやかな筋肉の感触。自分の顔がみるみる熱くなるのを感じて、とにかく暴れる。
しかし、ぐいーっと突っ張った腕は、楽の胸筋を捉える。そこは、すべすべで硬くて。より恥ずかしさが募る。もう一度湯の中に落ちても構わないから、とにかく下ろして欲しかった。
「!!
あんた…」
その時。楽の瞳が、呆れから驚きに変わる。
私はハッとした。きっと、湯の中で暴れたせいで化粧がかなり崩れているはずだ。と 言うことは、いま私は…
ただ金髪のカツラを被っている、女にすぎないのでは?
まさか…バレ、た?
「鼻血出てるぞ」
『……へ』
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私は、部屋へと戻って来ていた。
びしょ濡れになったスーツから浴衣に着替えて、メンバーの前で正座をしていた。
スタッフ達には散々 揶揄われたが、おそらく今から彼らにも揶揄われるのだろう。
「あっははは!お前、あのタイミングで鼻血って、お約束過ぎるだろ!」
「楽、そんなに笑わなくてもいいだろう?
春人くん顔面から突っ込んでたから、水面に鼻をぶつけちゃったんだよ。ね?」
『龍…』優しい…
「でも、温泉で溺れかける人間なんて初めて見たよ。良かったね。無事で」
結局、楽だけが全力で私を揶揄ってきた。色んな意味で、期待を裏切らない男だ。
その男は、まだ飽き足らないとばかりに続ける。
「で?」
『…で、とは?』
「誰の裸を見て、鼻血吹く程 興奮したんだよ」
『なっ!?』
「こら楽!」
「いや、それはボクも気になる」
「天まで!」
ニヤリと口の端を持ち上げる楽と、好奇心で目を光らせる天。そんな2人から逃れる為に、私は龍之介の後ろに隠れる。そして自らの膝を抱えて小さくなるのだった。