第55章 “ お約束 ” の においがプンプンしますな!
しかし、いざ撮影が始まってしまえば、目のやりどころを気にしている場合ではなくなった。
「やっぱり いいよね、温泉って。楽と龍は、よく温泉には来る?」
「温泉は凄く好きだけど、なかなか来られる機会がないからなぁ。でも、銭湯にはよく行くんだ」
「あぁ。龍とこないだ一緒に行ったんだよ。銭湯」
「そうそう。
楽、1番熱いお湯に長ーく入ってたよね。肌が真っ赤になってた!」
「楽は色が白いから、すぐに赤くなりそう」
「うるせぇな、お前だって人の事言えねぇぐらい白いだろ」
私はスタッフに言って、カメラを1度ストップする。そして、タオルを3枚持って彼らの元へ急いだ。
そう。急いだのだ。急いだのが いけなかった…
ツルッと、足を滑らせてしまった。温泉の床は、もの凄く滑るのだ。
「は?」
「なっ!」
「あ」
3人の驚く顔を見たが最後、私は湯の中にダイブした。というか、3人の膝の上に落ちた。
スタッフ達も まさかの事態に、こちらへ駆け出していた。
テンパる頭でまず思い描いたのは、ウィッグが脱げたら終わる。だった。
私はとりあえず片手で後頭部を押さえる。必死になって立とうとするが、私の足の下には天の膝がある。まさか靴を履いた足で踏む訳にいかないだろう。
とにかく、空いた片手でバチャバチャと水を掻きまくった。すると、滑らかな肌に触ってしまう。それが天の腹部だと気付き、私は余計にテンパった。
『〜〜っ、ごめっ触る、つもりは』
「いいから落ち着いて!」
「春人くん!」
水中でもがく私を助けようと、龍之介は腕を伸ばす。しかし、彼の彫刻の如く美しい筋肉が視界に入ると、掴んではいけないような気がしてしまった。
訳も分からず働く背徳感。無意識でその腕を跳ね除ける。
あぁ、私はこのまま3人の膝の上で死ぬのか。こんな死に方なら本望かも。
なんて考えが本気で過ぎった時、ザバ!っと水中から掬い上げられた。
「ったく、何やってんだよ。お前は」
楽が、強引に私の体を抱き上げていた。