第55章 “ お約束 ” の においがプンプンしますな!
「へぇ。やっぱり、有名人の方もたくさん来られてるんですね」
楽が、ロビーに並んだ数多くのサインを眺めながら女将に言った。すると、龍之介がある1枚を指差した。
「あ、ほら見て。千さんも来てるよ!」
『ゆ、千さんだけじゃなくて、百さんのサインもありますよ!百さんのサインも』
私は 龍之介の腕を少し押して、指す箇所を隣にずらした。
まぁバレる事はないと思うが、私が千と数日前にここに来たと知られたら面倒だ。
女将は、まるで私の気持ちを汲み取ったかのように話を振ってくれた。
「長旅でお疲れでしょう。早速、お部屋にご案内致しましょうか」
『ありがとうございます!あ、機材がこちらに着いてると思うんですが、どちらにありますか?』
「そちらでしたら、もうお部屋に運び終わっておりますよ。どうぞ」
私達は、歩き出した彼女の後に着いていく。
渡り廊下を行きながら、龍之介が女将の背中に話し掛ける。
「離れなんて、趣があって良いですね」
「ありがとうございます。今からご案内するお部屋は、当旅館の中でも1番広くて、お勧め出来るお部屋となっております」
「へぇ!そりゃ楽しみだ」
「お部屋の丸窓からは、夜になったら美しい月明かりが差し込んで。今の時期でしたら、お部屋から見えるお庭の紅葉がそれはもう綺麗で…」
……嫌な予感しかしない。
とまぁ、こういう時の悪い予感というのは 十中八九で的中する。
『……っぐ、』
案内された部屋は、先日 私と千が一夜を共に過ごした部屋だった。
女将の顔も、少し気まずそうに見えるのは私の気のせいではないはずだ。いやしかし、彼女は何も悪くない。
旅館の部屋がテレビで紹介されるのだ。1番自信を持っている部屋へ通すのが道理だろう。
しかし…ここで、また一晩を過ごすのか。
千と愛し合った部屋で、今度はTRIGGERと一緒に。
「プロデューサー。どうして顔、赤いの」
『え…』
「なんで」
『いや、貴方の…気の せいです』