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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第54章 もう全部諦めて、僕に抱かれろよ




千を無事に送り届けた私は、1人 局内の出口を目指して歩いていた。
急ぎたいのに、いつものように足が前に進まない。胸が、痛い。

さっきの千の笑顔を見てから、心臓が針で突かれたように痛むのだ。チクチク、チクチクと。

ほんの一時前までは、満ち足りた気持ちで 心が温かかったというのに。千は一体、私に心に何をしたのだろうか。

瞼を閉じれば、彼と一緒に見た景色が、すぐに浮かぶ。あの、狂ったくらいに美しい紅葉の光景。
もう、千と一緒に見る事はないのだろう。それどころか、もう一生 見る事は叶わないかもしれない。

そう思うと、また胸の奥が きゅっと締め付けられた。


「——くん…?春人くん!」

『っ、』


エリでない方の名を呼ばれているのに、気付くのが遅れた。
私は馬鹿か。局の中を ぼーっと歩いているなど。
気が緩み過ぎている。駄目だ。早くいつもの私に戻らないと。

春人を呼んだのは、TRIGGERといっしょ の構成作家だった。


『お、おはようございます!すみません…なんだか、頭がぼーっとしちゃって』

「あら、大丈夫?体調でも悪いの?」


彼女が私の額に向かって手を伸ばして来たので、少し背を屈めてやる。
しっとりとした女性らしい手が、額にあてがわれた。


「熱、は無いわね…平気?」

『はい!なんだか、元気になって来ました!
こんなところで、貴女に偶然 会えたからかな』

「ま!相変わらず可愛いんだからぁ〜」


私の腕を 肘でつんつんしてから、彼女は、あっ と短い声を上げた。


「そうそう思い出した!
春人くん!TRIGGERといっしょの、次のお題が決まったわね!ネットもう見た?」

『あっ、僕まだチェック出来てないんですよー』

「へぇ!珍しいわね。じゃあ私が特別に教えてあげる!次の企画は…なんと京都の老舗旅館で温泉よっ!
題して “ TRIGGERと行く、温泉旅行! ” 」

『………え』


彼女が嬉々として、じゃーん!と開いたパンフレットには…
さきほどまで千といた旅館が でかでかと載っていた。


「春人くん?春人くーん?」


2度と見られないかもと思っていた、あの感動的な光景。なのに。その機会が、こんなにも直近でまたやってくるなんて…

全く予想だにしていなかった。

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