第54章 もう全部諦めて、僕に抱かれろよ
そんな言葉が、嬉しくて。でも恥ずかしくて。どう返事をしたら良いのか分からずに、千をただ見上げた。
すると千は、手の平を上に向けて差し出した。間も無くして、まるでそれが運命であったかのように、1枚の葉が舞い落ちてきた。
その手の上に降り立った紅葉は、綺麗な千を前にして、照れているみたいに真っ赤に染まっている。
彼は軸を摘んで、くるくると葉を回して微笑んだ。
まるで、神様みたいだと思った。日本神話の中から、飛び出して来たようだ。
本当に神様がこの世にいるのだとしたら、千のように綺麗なのだろうか…
そんな絵空事を思い浮かべる私へ、千は近付いてくる。そして空いている方の手で、優しく腰を引いた。
その瞳に身を映した瞬間。彼になら、べつに命を吸い取られてもいいや。そう思ってしまった。
でも神様は、そんな事はしなかった。ただ、ひとつ口付けを落としただけ。
唇と唇が触れ合う時、手にした紅葉で 私達の口元を隠して。
その口付けは、まるで命を吹き込んでくれたみたいに鮮明でいて、穏やかでもあった。
手を引かれて 部屋へと戻る間も、ずっと夢見心地で、体がふわふわとしていた。
少し前を歩く千の姿を、ただもう馬鹿みたいに見つめている。一歩一歩前へ進む度に揺れる長髪。意外と広い背中。肩から腰に向けての線。
改めて、この男の持つ妖しい魅了に取り憑かれたのを自覚するのだった。