第54章 もう全部諦めて、僕に抱かれろよ
私達は、互いに手にしたお猪口を軽く持ち上げる。
『「乾杯」』
私達の目の前には、それは贅沢ここに極まれりと言った料理が並ぶ。
とは言っても、千のは野菜だけで構成されたものだった。しかし、それを感じさせないくらい多種多様な一品で埋め尽くされていた。
『う…美味しい…』
「それは良かった。自分が肉を食べないから、君の料理を選ぶのは難しかったけど。でも喜んでもらえたなら嬉しいよ」
『ありがとう、千。本当に凄く美味しい。お肉も、口に入れた瞬間に溶ける系の奴で、幸せ…』
「ふふ、本当にエリちゃんは美味しそうに食べるな。見てるだけで幸せになれるよ」
お猪口にチビチビと口を付ける千。私は日本酒は後に回して、テーブルの上に置かれた瓶ビールに手を伸ばす。
すると千がそれをそっと取り上げて、私のグラスに注いでくれた。
「お酒を楽しむのも良いけど、ほどほどにしておいてね」
『ん?分かってるって。さすがに記憶失くなるまで飲んだりしないよ?』
「いや、そうじゃなくて。あまり飲んじゃったら、この後…楽しめないだろう?」
『この後…楽し…っ、』
彼が放った、意味深な言葉の意味とは。深く考えなくとも分かってしまう。何故なら私は、大人だから。
今日1日、これだけ彼の金銭を使って楽しませてもらったのだ。もう何を強要されたって断れる自信はない。たとえ、要求されたものが 体であったとしても。
というか、男と女の一泊旅行。ここまで来て 勿体ぶるほど、純な心は持ち合わせていない。
鼓動のリズムが早くなった私を見て、千は楽しそうに目を細めていた。