第53章 隣にいるのは君が良いな
船頭が、急流を行く船を巧みにコントロールする。岩に竿を突き立てて、船の向く先を変え、下流へ下流へと船を運ぶのだ。
私は、その船頭が竿を突き立てる岩を指差して言う。
『あそこ、穴が空いているでしょう』
「本当だ。岩なのに、あんなに深い穴が空いてる」
『あの穴は、毎日毎日 船頭さんが竿を突く場所なんですよ。毎日毎日、同じ場所を的確に突くから出来たんです』
「凄いな…。ここまでの技術を習得するまでは、とてつもない苦労があったろうね」
千は、この京都の旅を楽しんでいるようだった。しかし私は、彼が嬉しそうに笑う顔を見る度に、どんどん欲が出てしまってる。
『私が、本当の姿で相手が出来ていたら…貴方をもっと楽しませてあげられたのでしょうか』
「え?」
『隣にいるのが、男でなく女だったら。もう少しデートらしくというか…様になっていたのかな、と』
目を丸くした千が首を傾げると、ピアスがチャリ と音を立てた。
そして、彼は吹き出して笑う。
「ははっ。なんだ 君、そんな事を気にしてたのか」
『そんな事って…私はですね、出来るだけ貴方を楽しませようと』
「楽しいし、嬉しいよ。君が隣にいてくれるんだから。
エリちゃんでも春人ちゃんでも。たとえ、どんな姿をしていたって、君は君だろう?」
彼が唇をほころばせれば、まるでそれは花が咲いたようだ。しかしどれほど美しい花であろうと、千の笑顔には及ばないだろう。
『〜〜っ、そういう…甘い台詞で、一体今まで何人の女を落として来たんですかっ』
「ん…今までは、甘い台詞を言わなくても勝手に落っこちて来たからな…」
『感じ悪いな…』
「だからね、君が初めて。甘い台詞でも殺し文句でも、何を使ってでも、落としたいなって思う人」
いよいよ直視出来なくて、千から視線を大きく外す。そんな私を見て、彼は言う。
「ふふ。君の頬の方が、紅葉よりも綺麗だよ」