第53章 隣にいるのは君が良いな
「お待ちしておりました!ささ、どうぞこちらですよ」
お腹も膨れた私達が次にやって来たのは、保津川だ。京都の有名な観光名所と言えば、保津川下りは外せないだろう。
青い羽織を着た、50代くらいの男性が元気に出迎えてくれた。千は、口元に薄い笑みを浮かべている。
『お世話になります。さきほど電話でお伝えした通り、今日は完全プライベートなので、カメラ等はありません。ですが…他のお客様に迷惑をかける事にならなければ良いのですが』
「あぁ、その事でしたらご心配なく!大丈夫ですよ」
私が危惧しているのは、千の搭乗が他の客にバレることだ。と、いうかほぼほぼバレる気しかしない。
せっかくの、情緒ある船旅。静かに京都の紅葉を船から楽しみたい客にとっては、騒がしくされるのは迷惑だろう。
しかしスタッフの男は、景気良くカラカラと笑った。なぜ彼が大丈夫と言ったのかは、船に案内されてから初めて分かる。
「貸し切りなんて、贅沢だね」
『本当ですよ。まさに千様様です』
改めて、スタッフに礼を言う。ちなみに彼はただのスタッフではなく、船頭であり保津川遊船企業組合の責任者であったらしい。そんな肩書を持っているとは思えない程に、物腰が柔らかい。
今は船の先端に立ち、竿を突いている。
あと2人の船頭は、それぞれ櫂と舵の仕事をこなしている。要は、漕ぐ人と操作する人だ。
『ほら、貴方が見たがっていた紅葉ですよ』
「綺麗だ。あれは、モミジかな」
『そうですね。あっちは楓でしょうか?』
川の上を流れながら、遠くにある紅葉を眺める。様々な広葉樹が、黄、橙、赤 の衣装に衣替えしている。
それを千は、目を細めて眺めていた。