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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第53章 隣にいるのは君が良いな




千から預かった財布で会計を済ませる。この旅行に掛かる諸経費は、全てここから払ってくれ。との、彼からの御達し。

支払いをすると、給仕場から出て来た料理長に、あるお願いをされる。彼が持っていたのは、色紙とペン。壁を見ると、有名人のサインがズラリと並んでいた。


『本人に確認して参りますので、少しお時間頂戴します』

「あっ、それはもう、いくらでも待っとりますので」


先に建物を出て、待っていた千を見つけた。
ロングコートのポケットに両手を入れて、川面を見つめている。私に気付くと、ふわりと優しげな笑みをこちらに向けた。


「あぁ、サインか。分かった。店に戻ろう」


事情を説明すると、千は当然のように店へと戻る。そして 恐縮する店の人達に、サインを施した色紙を笑顔で返した。



「どうも僕は、やっぱり気が利かないな」

『サインの件ですか?』

「そう。モモならね、店側が自分達のサインを欲しがってるって、すぐに察するんだ。
その上で、相手に気を遣わせないように “ サインとか書いちゃう?オレ達のサイン置いてくれたら嬉しいな! ” って、自分から言うんだよ」

『彼らしい』

「ふふ。でしょう?
ねぇ…やっぱり、君もそういう気遣いの出来る男の方が、好き?」


渡月橋の上を2人、肩を並べて歩く。平日だと言うのに、多くの人がこの橋を渡っていた。
すれ違う半数近い人が、綺麗な千の顔を振り返っていく。しかし彼は、隣を歩く私だけを見つめている。


『相手の気持ちを慮れる人間は好きですよ。なかなか簡単に出来ることじゃない』

「…そうね。僕だって、そう思うもの」

『でも…
一度は退店して外にいるのに、嫌な顔1つせず、わざわざサイン書く為だけに店へ戻ってあげるような優しい人も、好き…ですけど』

「!」


隣からの視線を感じながらも、前を向いて言った。私の言葉が嬉しかったのか、顔を見なくても分かるくらい弾んだ様子で千は言う。


「手を、繋いでもいい?」

『絶対に駄目ですね』

「ふふ、君は優しくないなぁ」


そこでようやく隣の男へと顔を向ける。彼は、珍しく子供のような幼い笑顔を浮かべていたのだった。

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