第53章 隣にいるのは君が良いな
平日のグリーン車。ポツリポツリと、パソコンと睨み合うサラリーマンの姿が見受けられる。しかし、その程度だ。もっと人が多いかと思っていたが、杞憂に終わったようだ。
乗る機会の少ない、少し贅沢なシート。通路側の席に腰を下ろすと、自然と長く息を吐いていた。
「疲れてる?」
『いえ。ただ、ドキドキしているだけです』
「え?いま、僕と一緒でドキドキしてるって言った」
『言いましたよ?』
「…そう。君にそう感じてもらえるなんて、光栄だな。嬉しいよ」
『何が嬉しいんですが…。こっちは気が気じゃないんですよ!たしかに私は、TRIGGERと街を歩く機会はそこそこあります。護衛 紛いの事もそりゃたまにはやりますよ。
でも貴方は、他所様のアイドル!しかも、絶対に替えの利かないトップアイドルです!もし私のせいで、千さんに何かあったらと思うと…!もう心臓が勝手に、嫌な高鳴りを…!』
「あぁ…そういうドキドキなんだ。うん…まぁ、そうか。なんかごめんね」
窓際に座った千は、悲しそうに眉尻を下げた。
京都に着くまでは、約2時間。向こうへ着いたら、昼食の頃合いだろうか。
「お昼は何を食べようか」
『そうですね…』
私は、さきほど買ったばかりのガイドブックを広げる。そこには有名な観光地や、隠れた名店が所狭しと掲載されていた。
そんなガイドブックを眺める私を見て、千は笑った。
「はは、意外と乗り気じゃないか。安心したよ」
『行くからには楽しまないと。
湯豆腐なんてどうです?生湯葉とかもあるみたいですよ』
「いいね。豆腐は好き」
豆腐なんて、スーパーで買って来て、それなりのポン酢をかけて食べるだけでも美味しいのに。
京都の高級豆腐は、一体どれくらい美味しいのだろうか。想像するだけでワクワクしてしまう。