第53章 隣にいるのは君が良いな
SP2人は、運転席と助手席にそれぞれ掛けた。しかし車は動き出す気配を見せない。
隣にいる千は、未だくつくつと楽しそうに笑っている。
「くふふ、ごめん。駄目だ、君の勇ましい姿が、瞼に焼き付いてて…っ」
『…これ、立派な犯罪ですよ』むす
彼の笑いの波が収まるのを待っていられない。私には時間がないのだ。このまま付き合っていては遅刻コースだ。
『あんなプロの人けしかけてまで、私を車に乗せたかった理由は何です』
「…そうだ。京都 行こうって。思って」
『投げられたボールを受け取った後は、きっちりこちらに投げ返してもらえます?』
会話のキャッチボールの初心者か?私の投げたボールを千は、遥か遠くの明後日の方向にやった。
「紅葉シーズンでしょう?だからほら、京都に紅葉狩りでもどう?」
『いや、私はこれから仕事ですが』
「ねぇ、僕と行こうよ。京都」
『さすがに無理ですって』
「…そうだよね。こんな事を急に言われても君にとっては、迷惑でしかないか…。でも、僕は多分、今日 君とデートが出来なければ明日からの仕事に身が入らないかもしれない。
あぁそういえば、明日は歌番の生だったな。大丈夫。もし大失敗をやらかしても、君のせいだという訳じゃないから」
『……ちなみに、大失敗とは 例えばどんな』
「ターンの時に転んだりとか。マイクスタンドを誤って蹴り倒したりとか?」
『なんて破壊力のある脅し!』
じゃあなにか。私がもし今この場で彼の誘いを断れば、生放送で そんなあられもないRe:valeの姿が垂れ流されるのか!?
そんなRe:valeは見たくない!もちろん私も、きっとファンも!
『………ちょっと、会社に電話するので待ってて下さい』
「うん。待ってる」
千は、なんとも至福の表情で笑って言った。