第53章 隣にいるのは君が良いな
私が体得しているのは、護身術。護身術とは、相手の攻撃をこちらが利用する事で成り立つ。平たく言えば、向こうから殴るなり蹴るなりしてくれないと役に立たないのだ。
しかし 謎のSPらの目的は、私の身柄の拘束。ボコボコにいてこます事ではない。だから、逆にやり難い。
『こっちから仕掛けるのは、得意じゃないんですよね』
じりじりと間合いを詰め、まずは先手。相手の動きを封じようと、前腕辺りを掴みにかかる。
しかし相手は当然、そうはさせまいとガードしたり 伸ばされた腕を払い落としたりする。
辺りに、ビシ、バシと言った 腕と腕が打つかり合い音が響いた。
武道に多少の心得があるとは言え、相手はプロ。さすがに勝てないだろう。実力差で言えば、頭いくつ分も向こうが上だ。
早いうちに、逃げに転化した方がいい。相手の虚を突けば、なんとか逃げ果せるかもしれない。
相手は私を舐めているのか、2人掛かりで仕掛けて来ようとはしなかった。ならば、まだ私にも光明が残されている。
逃げられるかもしれない。私は、何か取っ掛かりになる物はないかと、辺りに視線を這わせた。その時、ようやく気付いたのだ。
視界に飛び込んで来たのは、車のナンバー。このナンバーには見覚えがあった。
私はピタリと動かしていた腕を止めた。
『…車、乗ります』
「宜しいんですか?」
「助かります」
この車は、岡崎事務所の社用車だ。
私はそれに気付き、じっと後部座席の窓を睨む。すると、スモークのかかった窓ガラスが徐々に降りていく。それに従い、搭乗者の顔が少しずつ明らかになる。
そこに座っているのは 私が知り得る限りで、最も美人な男。
折笠 千斗だ。
「ふ…ふふ、相変わらず…君は、僕の予想の斜め上を行ってくれるよね、はは。男前、過ぎるだろう」
どんな言葉で罵ってやろうかと頭を捻っていると、SP達が私の背中を優しく押した。
私は促されるまま、千の待つ車内へと歩いて行くのだった。