第48章 《閑話》とあるアイドルの誕生日
「あぁもう、どうしよう。凄く嬉しい」
『…何が、嬉しいのか。変わった人ですね、貴方は』
唐突の抱擁に、一切の抵抗を見せることなく。春人はただ静かに言った。しかしその声は、ほんの少しだけ弾んでいるようにも聞こえる。
「嬉しいに、決まってるよ。だって、春人くんも俺と同じように思ってくれてたんだから」
『同じように、思ってた?』
「俺も、君と沖縄で一緒の時間を過ごしたいって思ってた ってこと」
彼の頭を手の平で覆って、優しく胸板へ押し付けながら言う。そしたら彼は、幸せそうな声で そうですか…とだけ答えた。
とても遠くで、魚が跳ねたのであろう水音。暗闇の中で船が迷わないよう、輝き続ける灯台。一定の間隔を保って、押しては引く波音。
そんなのは全部、慣れ親しんだ物だと思ってた。しかし、どうだろう。ただ君が隣にいるだけで、その全部が特別な物に見えて仕方ない。
春人をこの腕に抱き締めて、瞳を閉じて そう考えていた。
『龍』
そんな中。涼しい声が、俺の耳をくすぐる。その声で、ふと我に返って 腕の中の人を解放した。
「あっ、苦しかった?強く抱き締め過ぎたかな?ごめんね!加減が出来なくなっちゃってたかも」
『いや、そうではなくて。と、いうか…べつに、苦しくしてもいいですよ』
「え?」
『あと、30分は “ 特別 ” なので。私は貴方に、どんな事をされても抵抗しません』
その発言から、現時刻が23時半なのだと分かった。つまりは、俺の誕生日は あと30分で終わりを迎えるのだ。
「俺は…たとえ、今がどれくらい特別な時だったとしても。春人くんが嫌がるようなことは…しないよ」
『へぇ。次のチャンスは、1年後かもしれないですよ?』
「そ、それでも」
『それでも、何も…しない?』
それは、どういう事だ?その言葉の意味は?
目と鼻の先で、綺麗に微笑えんだ君。その顔を見てしまった時。俺はまるで魔法にかけられたように、ゆっくりと、春人の体を押し倒していた。