第48章 《閑話》とあるアイドルの誕生日
『どうやって直すつもりです?』
「え?こうやって」
今まさに、洗面台に頭を突っ込んでいる俺だった。顔だけを彼の方に向けて答える。
『大変そうですね。よかったら、私が直しますが』
「ほんと?じゃあお願いしようかな」
洗面台の前に俺を座らせると、春人は作業を始めた。ブラシを左手に。右手で持ったドライヤーで、緩い風をあてていく。
誰かに髪を触ってもらうのは、こうも心地良かっただろうか。ドキドキして、ふわふわする。
あれ?でも、スタイリストにセットしてもらう時は こんなふうに思わないのに。
やはり、春人は俺の中で特別なのだろう。もはや、いとも簡単にその答えに辿り着く。
うっとりと瞳を閉じて、この心地良さに身を預ける。
『……犬みたい』可愛い
「え、ごめん、何か言った?」
ドライヤーの風で、聞き取れない。聞き返すも、春人は べつに。とだけ言って、ブローを続けた。
もう外は暗いし、人混みに出る予定もないので、帽子もマスクもなし。
特段どこに向かうか申し合わせた訳ではなかったが、俺達の足は自然と海岸へと向かった。
砂浜をゆっくりと行きながら、頭上へと視線を向ける。
濃紺の絨毯に、これでもかと置かれた光。落っこちてくるのではないかと思うくらいに大きな月が、そこにはあった。
春人は、上を見ていなかった。その視線を辿ったら、水面に映った月影を見つめているのだと分かった。