第48章 《閑話》とあるアイドルの誕生日
ふわふわ。
ふわふわと、誰かが髪を撫でてくれる優しい感触。
誰か、ではない。この手は、間違いなく春人だ。この触れ方には覚えがあるから。間違いない。
「…ふふ」
『龍?』
「ん?もっと触ってみる?」
『…ごめんなさい。起こしてしまいましたか』
質問には答えずに、彼は顔を僅かに傾けた。
「いや、全然 大丈夫。俺こそごめんね。眠るつもりなんて、なかったんだけど」
『寝ろと言ったのは私です。謝る必要は何もない』
口にはしなかったが、かなり悔しい。
せっかくの春人と過ごせるはずだった時間を、眠って過ごしてしまったのだ。
本当は、もっと沢山連れて行きたいところがあった。
オススメの釣りスポット。地元で有名な沖縄料理店。多種多様な鮮魚が並ぶ市場。
「はぁ…。よりによって、今日 熱を出さなくてもいいのに」
『仕事の時間外に熱を出すなんて、アイドルの鑑なのでは?それに、数時間の休息でしっかり熱を下げる。やっぱり貴方は優秀ですよ』
「そうかも…しれないんだけどさ。でも、そうじゃないって言うか。
もっと、君と沖縄を楽しみたかったんだ」
変わらず項垂れる俺の頭を、春人はまた撫でる。
『また、来ればいいでしょう』
「…そうだね。
ねぇ、ところで…春人くんって、撫でるの好き?」
『どうなんでしょう。もしかすると、そうなのかもしれませんね』
「じゃあ、撫でられるのは?」
『え』
「はは、君にもなでなでしてあげようか」
さきほど春人は、俺の額に触れて熱が下がっていることを確かめていたが。
もしかすると、まだ俺は熱に浮かされているのかも。だって、そうじゃないと こんな普段言えないような言葉が いくつも飛び出してくるのはおかしいから。