第48章 《閑話》とあるアイドルの誕生日
『…………』
春人は、もう咀嚼すらやめて固まっていた。そして、見る見るうちに瞳には涙が。
「だ、大丈夫?どうしよう、飲み込めそうになかったら、どこかに出すとかっ」
慌てた俺は、無意識的に両手の平を揃えて、差し出していた。しかし春人は、意を決した様子で 口の中の物を飲み下した。
『……美味しい、ですね』
「涙目だよ…?」
『まぁ仮に飲み込めなくても、貴方のその手に吐き出す事はしませんよ』
「あはは、これは咄嗟に出しちゃったっていうか…」
俺は急に恥ずかしくなって、差し出していた手を引っ込める。
「でも、そんなふうに無理することないのに!」
『だって…龍は、これが好きなんでしょう?』
「え、うん。俺は好きだよ」
『仲間が好きな物は、自分だって好きになりたいじゃないですか』
最近、彼の “ 表と裏 ” が、分かるようになった。
裏。それは、TRIGGERの為に作られた 人物像。取り入りたい相手が好むような人格を、緻密な計算で作り上げるのだ。
表。その作られた人物像の仮面を取り去った、本当の春人だ。そこには、計算も狡猾さも演技も、何も無い。
ただの、中崎春人。その人だ。
「…はは。今の春人くんは “ 表 ” だ」
『はい?』
俺に気に入られたいからとか、俺の機嫌を良くしたいとか、そういう類の感情は一切ない。
ただ口から するりと自然に生まれた、仲間と同じ物を好きでいたいという言葉。
そんな、損得勘定のない言葉に 自然と胸が熱くなった。
「でもね。俺と同じ物を、無理に好きでいてくれる必要はない。
好きな物は好き。嫌いな物は嫌い。そういう君の、素直な好みを教えてくれる方が、俺は嬉しいから」
『そうですか。分かりました。そういうことなら…
ゴーヤは、今この瞬間から私の天敵と見なすことにします』
「天敵かぁ…」
まぁ、どんな人間にだって裏表はあるだろう。
それが春人の場合は 少し…いや。だいぶ、極端なだけである。